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突然、運転席のMASAの顔が険しくなり、車は急発進した。
助手席に座る俺は呼吸が荒くなり、全身に何とも言えない緊張感が走る。
何度か経験して来てはいたが、気の弱い俺にはあまり得意な状況ではない。

しかし・・この先起こり得る何かを、僅かながら期待していたのも事実であった・・。

十代の終わりから二十代前半、MASAや中西さんとつるんではナンパに明け暮れていた。
家で何もせずに夜を過ごす事は皆無。誰かとつるんでは外に出て、その辺をブラブラするのが当たり前だった。携帯電話も普及していない時代、皆からは「夜に家に居た事がない」とよく言われたものだ。

地元ではナンパといえばS本浜。
ここは夜になると猛る若者達の出会いの場と化す。
そんなに広くもない駐車場に何十台という車が終結し、お互いの欲望のぶつかり合いと駆け引きが始まる。

ポツポツと止まってる女の車の横に車を止め、声を掛けるのがここのローカルルール。
激戦日だと女の車の両側から別の野郎の車が話しかけるという場合もある。
この場合、トラブルに発展する危険が大きいが・・・。

基本、男は獲物を見つけるまでは止まらずにグルグルと回遊する。しかし稀に男でも止まってる奴が居るので要注意。サ~ッと横付けしたは良いが「男じゃんかよ~!」って事も何度かあった。

運が良ければ、その日の一台目と何処かに消える事になるのだが、一晩中頑張ってもダメな時も多々ある。
その時に来てる女のノリ、タイミング、野郎の数、自分のトークの調子など、引っ掛けるには色々な要素が関係して来る。それらが上手く絡み合った時のみ、良い思いが出来るって訳だ。

この日もMASAのサーフの助手席で、S本浜の駐車場に集まる女どもを相手にいつもの調子。
ある事、ない事、適当な話を面白おかしく話して、相手の興味を引く。
しかし、この日はあまり女達の反応が良くない。

「田○でも行くか~。」S本浜に見切りをつけて、車で30分程の田○へと向かう。
ここも砂利の広い駐車場にポツポツと止まってる車を探して、横付け、トークとなる訳だが、お目当ての車が少ない。こうなると糸が切れた凧の様にフラフラ彷徨うしかない。まぁ、これはこれで嫌いじゃなかったが。

F市の何処かの道を走行中、前のミラターボがやたらチンタラ走っていた。
道は片側一車線、気が短いMASAは抜きたくても抜けない状況にイラつく。
ミラはわざと蛇行したりしてMASAの血圧を更に上げていく。

暫く行くと車線が増えたので、隣の車線に車をねじ込む。信号は赤、ミラとサーフが先頭に並んだ。
「全くチンタラ走りやがってよ!」MASAは怒りながらミラを睨む。男が二人乗っている様だ。

信号が青になりそうな時に思わぬ火の粉が降りかかる。
ミラの運転席から白い棒がサーフに向けて飛んで来たのである。
それが俺の好物、セブンティーンアイスの棒だと分かるまで時間は掛からなかった。

ミラは青になるのを待たずに急発進!タイミングを見計らっていた様だ。
「何か投げて来やがった!」そういってMASAも急発進、追走を始める。
MASAの愛車はディーゼルのサーフ。荷台があるトラックタイプ?だ。
しかしこれが遅い・・・。黒煙を巻き上げるだけで加速しない。

ミラのターボは軽でもかなり速い。アクセルべた踏みで追走するも追いつかない。
差は広がる一方だが、MASAの目はギラついている。「ぜってぇ逃がさねぇ・・・。」
二台の車は寂れた港湾部から街中へと突入する。こうなると幾らでも撒く事が可能になる。ヤバイ。

ナビシートの俺も気合を入れなきゃまずい。
「あっち曲がった!」「今度はそこ!その交差点の手前を右!」
辛うじて見えるミラのテールを見失わない様にし、MASAに指示を出す。

しかし遂にテールが視界から消えてしまった・・・どっちか?
MASAは「絶対こっちだ!」野生の勘で追走再開、すると撒いたと思い安心しきったミラが!
すぐにサーフのライトに感づいて再び逃走!追うMASAのドン亀サーフ。

そこまで執拗に追う必要も無いのにと思いつつ、カーチェイスの様なこの状況が楽しくなってしまっていた。
追いついたらどんな事になるんだろう・・・様々なケースをシュミレートしてドキドキしていた。

見覚えのある界隈にやって来た。
「あ~!ここT子っち近くだ~!」元レディースの彼女T子の家の近くに来ていたのだ。
ミラは工場の敷地内に入って行く。「ここ確か行き止まりだぜ!」獲物を追い詰めたハンターの気分だ。

ゆっくりと中に入って行く。
案の定、ミラは行き止まりに動揺した素振りで、ブンブンと狭いスペースで前進、後退を繰り返している。
退路を塞ぐ様にMASAのサーフが止められる。こういう時、でかい車は便利だ。

そんなに熱くなっていなかったが、真っ先に飛び出してミラへと走る。
それでもブンブンと前後に動くミラ。危うく轢かれるとこだった。

運転席の窓をゴンゴン。「おい!ふざけた真似してんじゃね~よ!」
観念したのかミラはやっと停車。ス~ッと窓が少し開いた。
「おい!聞いてんのか!?」そう言いながらガッと手を突っ込み、髪の毛を鷲づかみにする。
スモークのせいで、どんな輩かも分からないのに思い切った事をしたものだ。

「とにかく降りろ!このヤローッ!」むん!と力を入れるとブチブチブチッ!
右手には小さなヅラレベルの髪の束が絡みついていた。

「分かった!降ります!」慌てる男を中から引き摺り出す。
何だ・・フツ~の兄ちゃんだな。車に乗ると気がでかくなるタイプか?
「おい・・そっちの車に乗れ。」MASAも降りて来ていた。ドン亀サーフの中に連行される兄ちゃん。

助手席の男はこの騒ぎにも微動だにしない。ドッシリと座ったままだ。体もデカイ。出来る?!
「おい!オメーも降りろ!やるならやんぞ!」ほぼ毎日筋トレし、フルコン空手をかじっていたので少しは自信があった。

「すいません!僕はやめろって言ったんです!でも調子に乗っちゃって・・。アイツの分も謝ります!」
出来ると思った男は巨体に似合わず高い声で訴えてきた。ちょっとビックリ。

「アイツの事、許してやって下さい!お願いします!自分が悪かったです!」友達思いの良い奴じゃないか・・・。熱かったものが一気に冷めるのを感じる。

「いや、ほらね・・あの運転もマズイし、あんなの投げられたら誰でも頭に来るでしょ?」「はい!その通りです!」

「ちょっと・・向こう行って来るね。」「ホントにすみませんでした!助けてやって下さい。」
いや、そんなに悪人ではないですよ。俺達は。

後方を気にしつつ、サーフ内を覗きに行く。MASAは暴走癖があるから心配だ。
MASAはガミガミと説教をたれていた。良かった、暴走してないみたい。
兄ちゃんの首はスリーパー気味にロックされてるけど・・。

「お前、良い友達持ったな。向こうの彼、お前の分までって必死で謝ってたよ。」「すみませんでした・・。」
「こんなカワイイ服装の普通の兄ちゃんちだって、おっかねぇ奴は幾らでも居るんだからね。」「はい。」
「車や見た目で判断すると痛い目に遭うよ。」「分かりました。」
「こっち行けば出られるからさ。」「はい・・。」

変なシチュエーションではあるが、友を思う気持ちを見せられて何だかこっちが悪者になった気分だ。
「助手席の奴、妙に落ち着いてるしデカイし、すげ~やるのかと思ったよ。」「有さんみたかったな。」
有さんとは地元の同級生で、仕事をした事が無いという伝説の男、プチ巨漢の有○君の事だ。

「車に連れ込んで説教ってのは新しいね。」「そう?」トラブル慣れしてるMASAには日常茶飯事らしい。
「しっかし・・・この車遅いよね。」「なめてもらっちゃ困るよ。ドライバーが良いから。」
「ミラッタ(ミラのターボ)ってあんな速いんだな。」「軽のターボだもん、はえ~さ!」

ノンビリとネオンを浴びながら走る。さっきまでの出来事が嘘の様だ。
「S本に戻ってみますか!」「行く~?じゃ行っとくか~!」
再びナンパスポットに向けて走り出す。

助手席の有さん似の男、良い奴だったな。
友の為、あれだけ頭を下げるって、出来そうでなかなか出来ないんじゃないか?
自分もやられるかもしれない状況で・・。何だか意外なとこで考えさせられちゃったな。

ガキの頃からの腐れ縁のMASAの顔を見る。街灯やネオンの光が、愛嬌のある狸面を流れて行く。
ふと他の連れの面々も思い浮かぶ。アホな笑い顔しか出て来ない。
アイツら、今日は何やってんだろなぁ・・。

「何ニヤニヤしてんだよ?気持ちワリ~なぁ。」「何でもないよ。」
MASAの車は夜中の国道をひた走る。

先刻、長時間の緊張状態が続いたせいか、睡魔がちょっかいを出し始める。
抗う事無く身を委ねる・・・聞き慣れたMASAの声が徐々に遠くなっていく・・。

今日も良いネタ拾っちゃったな・・明日皆に話そう・・愛すべき・・アイツらに・・。
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