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コイツら相当デカイな・・猛る自分を必死で抑えながら、相手の戦闘力を見極めていた。
1人は一撃で倒せるとして・・残りがどう動くかだな。脳内で幾つかシミュレートしてみる。

「ふう・・・。」大きく息を吐いて男達に近づいて行く。
頭の中には血まみれで床に転がる2人の大男の姿しかなかった。

通いなれたS市民体育館。ここのトレーニング室はサンドバッグがあるので気に入っている。
同棲している年上のY子に養ってもらってるお陰で、いつもは平日の昼間に来ていた。

土曜日の午前中に来るのは異例の事だ。過去数年でも殆ど覚えが無い。
このチョイスが後に波乱を招くとは、この時夢にも思わなかった。

受付を済ませ、階段を上る。毎回思うが、100円で済むのが万年金欠の俺にはありがたい。
入ってすぐの荷物置き場と化しているテーブルに荷物を置こうとした瞬間、
異様な光景が目に飛び込んで来た。

サンドバッグに人間が逆さになってぶら下がっている。
それをもう1人がグルグルと回して大声で騒ぎ立てる。
余りの馬鹿さ加減とマナーの悪さに辟易したが、徐々に怒りがこみ上げて来た。

トレーニング室の中では数人が汗を流していた。
しかし無法を尽くす若者2人に注意しよう等というリスクを犯す人間は誰も居ない。
自分もそうやって傍観出来たら・・何度か思った事がある。

ご存知の通り、そういう事が出来ないお陰で今まで何度もトラブルに巻き込まれている。
勿論、首を突っ込みすぎて騒ぎを大きくした張本人になる事もある。会社も何度もクビになった。
世の中で「利口」とされる生き方は俺には出来ないらしい。

ここS市トレ室のサンドバッグは蹴り禁止、パンチのみ許可されている。勿論ぶら下がるのは禁止である。
サンドバッグ正面の張り紙にも大きく書いてある。講習でも習うはずだ。

職員の言い分は、なるべく長くもたせたいとの事だった。
壊れると高額なので次の物を購入出来ないからとの理由だ。
それまで2つ潰れているのは知っていたが、いずれも一流メーカーの高額な物だった。
二桁は軽くする代物だ。

そこで「サンドバッグはこんなに安いんですよ」とBEGINを教えてあげたのだが、全く食いついてこなかった。
どうも市民のトレーニング室にサンドバッグを設置してる事に、異論を唱える者が少なからず居るらしい。
恐らくこれが壊れたら、それを機に撤去したい方針で固まってるのは明らかだった。

そういう背景も分かっていたので、違反する人にはヤンワリと声をかけてやめさせていた。
皆、話せばその場は分かってくれて、今までもめた事は無かった。

しかし・・・今回の奴らは厄介そうなのは直感出来た。
1人は金髪で、もう1人は銀か白と形容すれば適当か?とにかく妙な色の頭の2人組だ。
ダボダボのジャージの上下に、ジャラジャラと光物を至る所に身に着けている。

そして・・デカイ。2人とも180cmは軽く超えている。ヒョロヒョロしているが、とにかくデカイ。
このルックスでは一般人の皆さんは傍観決定だろう。

俺だって嫌だよ、勿論。でもダメな事をダメと言える大人が居なくちゃマズイだろ?
言いたい事を言う為にも日頃の鍛錬は不可欠だ。世の中、話して分かる輩ばかりじゃない。

少し気持ちを落ち着かせながら、2人を観察する。
室内履きも履いてないとこを見ると、トレ室の許可証も持っていないだろう。
奴らの荷物はあれか・・・随分大荷物だな、体型から考えてバスケかバレーか・・。

今度はサンドバッグを蹴り始めた。ラリアットやおかしなプロレス技も披露している。
そのしょぼい打撃音が聞こえる度に怒りのボルテージは上がっていく。

「ふう・・・。」大きく息を吐いて荷物を持ち、奴らの方へ歩いて行く。
そしてサンドバッグのすぐ傍のテーブルに荷物を置く。ゴングは鳴った!

「ねえ!」声を振り絞る。「あ?」2人は首を傾げながら振り向いた。
「ここに書いてあるでしょ?」そう言いながら張り紙を指差す。
「はぁ?」張り紙を見ても全く悪びれず、ニヤニヤしている。

その態度にカーッと熱くなったが、まだ普通に話せる。
「蹴ったり、ぶら下がったりしちゃダメだって書いてあるら?それに許可証持ってないと入室出来ないよ。」
デカイ2人を見上げながら、当たり前の事を説く。

「ハハハ・・何コイツ?ねえ?何なの?」金髪がヘラヘラと笑いながら銀髪に話しかける。
「さぁ・・知らねぇ~。ハハハ・・・。」ここまで酷いとは予想してなかった。
これでは完全に漫画や映画やドラマの悪役そのものじゃないか!

体が震え出す。アブナイ・・・。
2人は相変わらず人を小馬鹿にした態度で何か言ってる。しかも再びぶら下がろうとしている!

おもむろにリュックからパンチンググローブを取り出す。
使い古したボロボロのグローブ。もうこれで3つ目になる。
パンパンとグローブ同士をぶつけ、軽く数発、高速コンビネーションを空打ちする。

チラ見しながらも、これまで通り傍若無人な振る舞いをする2人。
辛うじて平静を装っているが、明らかにトーンダウンしている。今更おせえぞ!

「ふしゅぅ~。」息を吐きながら接近し、銀髪の顔をかすめる様に渾身の左フックを繰り出す。
金髪が抱えているサンドバッグ目掛けて赤いグローブが高速に弧を描く。

「しゅ~っ!」コブラの威嚇音の様な呼吸と共に左拳がサンドバッグを捉える。
ドオン!グッと拳に重みが乗る。前足を思い切り返してフォロースルー。
ビリビリ・・・吊るしてある鎖まで振動が伝わる。どうだ?

金髪は慌ててサンドバッグから手を離している。ギッと振り返ると銀髪は視線をそらした。
「とりあえず・・他の人に迷惑だから表に出ようよ・・。」アゴでクイッと廊下を示す。
2人は踏ん反り返っていたのが若干猫背になっている。
呑んだ・・パンチ一発で呑んだ!

「やるならやるって言ってんだよ・・何ださっきの態度は!2人まとめて来いよ!オラァ!」
「すいませんでした・・。」金髪がもごもごと口を開く。

「見かけで判断してんじゃねえぞ!このヤローッ!」銀髪は黙って下を向いている。
「デカイからって調子に乗ってんじゃねえ!テメエら素人で俺と喧嘩になんと思ってんのか?!」
殺気を全身にまとい、2人を見上げ続ける。視線は絶対に外さない。油断は禁物だ。

「すいません・・。」再度金髪が口を開く。
「出てけよ!二度と来るな!」少し暴走気味。

靴下のまま、大きな荷物を持って廊下へ歩き出す2人。
階段を降りて行く2人に聞こえる様に思い切りサンドを叩きまくる。全開ラッシュだ。
パァン!パパァン!ドスッ!ドスッ!ドスッ!とにかく強く速く打ち続ける。

常連の仲の良い人達からは「MAKちゃんが叩いてると体育館の外からでも分かる。音が違うんだよな。」
自慢じゃないが昔からよく言われる。その打撃音で奴らの反撃の芽を摘む。
人間も動物、アイツはヤバイとか強いとか思わせれば無駄な争いはしなくて済む。

発狂したのを中に居た数人には見られてしまった。
普段トレーニング場所ではおとなしい良い人キャラで通してるのにな・・。

一汗かいて階段を降りて行くと、大勢の人間が体育館のコートで何か球技をやっていた。
詳しく見なかったが、恐らくさっきの奴らはこの中に居るんだろう。

車までは勿論、警戒モード。
全神経を集中して異変を感じ取る。幸い待ち伏せ等してなかった様だ。
車に乗ってからも暫くは後ろにつく車に注意する。これも大丈夫だ。

ダメな事をダメと言うのが、こんなに困難な時代。
今後も益々、己の拳に磨きをかけなければ・・。

全くふざけた時代に生まれたもんだぜ・・・。
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