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柄にも無くお堅い仕事に就いた。

当時付き合っていたR子やY子の手前、自由人である事の存続が厳しくなったからだ。

まぁ、金も底をついたし、たまには真面目に働いてみるか!と自分自身、多少奮起したのもある。
いつも求人誌で選ぶのだが、しっかり職安(現ハローワーク)に行き、俺にしてはマトモ過ぎる仕事を選んでしまった。

誰でも知ってる大手警備会社の子会社。
早朝、遠くの本社まで数日間、新幹線で研修に通った。勿論、交通費は会社持ちである。流石、大手だ。
毎朝、数年前に別れたR香と足繁く通ったホテルが車窓から見えるのが、カサブタを剥がされる感じで嫌だった。

研修を経て、カメラやコピー機で有名な某社の研究開発機関の警備に配属された。
ここのセキュリティは「まんま未来都市」で、俺みたいな田舎者は驚きを隠せなかった。

新製品や場合によっては特許に関わる事を研究開発してる訳だから当然であろう。
最深部に入るまでに何度もIDカードを使い、機密部には特別なIDがないと入れない。指紋照合が必要な場所もあった。監視カメラは至る所に設置され、研究開発機関というより、お洒落な刑務所といった感じだ。

こんな厳重でも、産業スパイが何人も潜り込んでいるらしい。
大手は互いに、ライバル会社が次にどういう商品が発売するのか、詳細を把握してるとの事。
B社の人間が何食わぬ顔でA社に入社し、B社に情報をリークしてるって訳だ。
いやはや恐ろしい・・世の中は食うか食われるか、弱肉強食なのだ。

そんな奴らは見抜く術もないし、そっち方面は俺らの警備には関係ない。
明確な部外者、侵入者を取り締まり(IDが無ければ入れないが)、火の元、施錠をしっかり確認すれば良いだけの事。デカイ施設だが、やる事はそんなに難しくもない。勤務中でも自由になる時間が割とあった。

ただ勤務時間が24時間なのがキツイ。
仮眠時間もあるのだが、どうも俺は気心許した人間以外と同じ部屋で寝るのは落ち着かない。
狭い部屋に同時に4人が寝るのは、意外にデリケートな俺には厳しかった。

職場の人間関係はかなり良好な方だった。
隊長は面倒見が良いし、他の隊員達も良い人が多かった。珍しい事に結構楽しく仕事をしていた。

ただ・・副隊長だけは苦手だった。
イヤミを言ったり、言動が威圧的な訳ではない。その点は付き合いやすい。
しかしながらハッタリが凄かった・・。とにかくあらゆるジャンルで。
こういう人は持ち上げていれば扱いが楽なタイプなのだが・・。

配属先の大手某社の勤務体系はフレックス、とは言え深夜から早朝までは人の気配は殆ど無くなる。
決まった時間に巡回すれば、後は結構ノンビリしていた。

巨大な施設で体育館やトレーニング室、プールまである。
深夜の巡回の際、暑苦しい警備服を脱ぎ捨てて、トレーニング室で汗を流していたのは時効にしてもらおう。
競歩並のスピードで巡回して時間を作り、30分はマシントレに勤しんでいた。ダメな警備員である。

夜勤のゲート守衛の時はもっと楽なのだが、最大の敵は眠気だ。
暗黙の了解でビデオや本を見ても良い事になっていたので、夜な夜なK-1のビデオを持ち込んでは見ていた。

R子やY子に電話するのも忘れない。夜勤明けは殆ど家で寝る事はなく、どちらかの家で寝ていた。
クタクタになって帰っても、寝る前のSEXは欠かさなかったが・・。

いつもの様に仕事に行くと、警備室では副隊長のFが雄弁をふるっていた。
俺を見つけると「なぁ、MAK。俺らみたいに筋肉があると、普通の奴より体重あるんだよな。身長の割にさ。」

テメエはポチャポチャ、ただの小太りじゃねえか!そう思ったが「そうっすね。」と適当に答えておく。
すると隊長が「お前は贅肉だろ~。MAKは筋肉だけどな。」そう!そのとおり!

しかしFは食い下がり「違うよ!筋肉だって!触れば分かる!」隊長は困惑し「そうか~?」
アホらしい・・・ここの人達は皆、優しすぎる。

何故か全員がFに対して気を使ってる感じだ。
腫れ物に触るというか、オブラートに包むと言うか、何かFだけ好き放題って雰囲気がある。

その訳が分かったのは数週間後だ。

「アイツは結構デリケートでさ。大きい事ばっか言うけど、以前ちょっと突っ込まれたら会社来なくなっちゃって・・。」夜勤の際、隊長がポツリと漏らした。

「だから皆で支えてやらないとな。」う~ん・・そんな副隊長あるか~?
何でも隊長のプッシュで副隊長になったらしい。周りの皆も不満タラタラだ。

隊長と副隊長は妙に仲が良いのは分かっていた。
噂では隊長の息子にソックリらしい。まさかそんな理由でプッシュしたんじゃあるまい。
仕事もまあまあ出来るし、話がデカイ以外は、それ程害は無かったのだが・・。

警備室で駄弁ってる際、何かの拍子に喧嘩の話になった。
「昔はさんざん無茶したからな・・。」Fが懐かしそうに話し出す。嘘はいかんよ。

その武勇伝が凄い。
実在するヤクザの組名を出して、そこの人間と4対1でやり合って勝ったとか・・泣けてくるぜ。
「まぁ、こうしてこうして・・。」はぁ・・何処の職場にも武勇伝を吹きまくるハッタリ野郎が居るもんだ。

「○○組はこの辺じゃヤバイっすよね?」若い隊員がFに尋ねる。
「あんなとこ落ち目も良いとこだよ。この辺であそこの知り合いだなんて言ったら笑われるぜ!」
む!そこは俺の親父の親友のOさんがやってる組じゃないか。

俺はヤクザやヤンキー、暴走族は大嫌いだ。
しかしOさんは親父の親友、俺も色々お世話になってる(そっち系ではなく普通の事で)。

ヤクザだから付き合いが有る訳ではない。
親父の高校時代の友人が、たまたまヤクザの組長になっただけだ。
決して身内のヤクザは良くて、他はダメ、何て事を言いたい訳じゃない。

Oさんは刺青を堅気の人に見せるのは恥ずかしい事だと思っているような人だ。
「近頃の奴はわざと見えるようにしてる、みっともねえ」そう言って夏でも長袖のTシャツを着る、そんな人だ。

「俺色々知ってるんだよね~。」Fはそう言い放つと、ある事無い事、知ったかぶりで話し出した。
嘘八百のFの話に、ハラワタが煮えくり返って来た。ヤバイ・・堪えろ・・。

「こないだも飲み屋でさぁ・・」Fは止まらない。
「あの・・」遂に口から言葉がポロポロと出て来てしまった。

「そういう話はここだけにしておいた方が良いと思います。」「あ?何言ってんの?」
「もし外でそういう話をして、ホントの○○組の関係者に会ったら、Fさん、ただじゃ済まないっすよ。」

「だから俺は色々知ってるんだって。知り合いが居るんだから。ホントの事を喋って何が悪いんだよ。」
口を尖らせてムキになるF。もはや引っ込みがつかないようだ。

「その・・お世話になってる人を馬鹿だのアホだの言われると、正直気分悪いっす。」
「え?」Fは驚いた顔をしている。

「それがホントの話だったら良いっすけど。ハッタリ言うのもいい加減にしましょうよ。」
「だからホントだって。何でお前が怒るんだよ!ハッタリじゃね~よ!」紅潮した顔でFが突っ張る。

「今、時間良いっすよね?」そう言ってロッカー室へ移動する。若い2人の隊員も一緒だ。
ロッカーから携帯を取り出し、親父に電話する。「あのさぁ・・こういう事言ってるけど、ホントの事?」

予想通り全くのFのガセネタのようだ。「それは同じ苗字の土建屋の話だろ。」親父が言う。
「そう・・分かった。」「何かあったか?」「いや・・別に・・帰ったら話すよ、じゃね。」
電話を切ってFを見る。この期に及んでも虚勢を張っている。

「さっきの話は同じ苗字の土建屋がやった事だそうです。」「えっ・・・。」
「適当なハッタリばかり言わない方が身の為ですよ。こうして知らないで聞いてる人は信じちゃうし。」
そう言っても、まだゴチャゴチャと何かを騒いでいるF。若い2人に必死で取り繕ってるようだ。

ガーン!ビクッと振り向く3人。ロッカーを思い切りぶん殴ってしまった。
「自分が昔悪かったとか強いとか言うのやめません?みっともないっすよ!ガキじゃないんですから!」
3人は日頃おとなしい俺の豹変ぶりにビビリまくっている。

「見る人が見れば分かりますって。本物の奴は軽々しくそういう事を言わないもんです。」
Fは完全に動揺している。あ、そうだった・・この人、張子の虎だったんだ・・。

「デカイ声出してすみませんでした。休憩時間終わりますんで持ち場に戻ります。」
そう言ってロッカー室を後にする。

交代の時間が来て、警備室に戻る。
すると隊長が「お前、何やった?Fに何言ったんだ?」「別に何も。」何だこの隊長の態度は。
「さっき帰っちゃったぞ。何かあったんだろ?N木やA堀も見てたらしいぞ。」帰っちゃった?アホか。

事細かに事情を説明する。
「以上です。」「アイツはな、もっと大切にしてやらなきゃダメだ。」ホモか、こいつら!

「何故Fさんばかり、そうやって特別扱いするんですか?」「そういう訳じゃない!」
「何か言われたからって帰ったり、来なくなったり・・そういう人が副隊長・・人の上に立ってるっておかしくないすか?」俺は間違ってない。反論してみろ。隊長は黙ったままだった。

何故か分からないが、他の隊員まで俺を悪者扱いしようとしている。Fはそんなに良い奴か?
何だ?ここは・・ケッ!くだらねぇ・・。「失礼します。」そう言ってロッカー室に消えた。

とりあえず、その日の勤務を終えて珍しく自宅へ帰る。
「こんな奴が居てさ。Oさんの事、ボロクソ言いやがって!」親父に事情を説明する。

「そうか・・。何処にでも居るよ。箸にも棒にもかからない奴だな。」
穏やかに話す親父は何だか少し嬉しそうだった。

はぁ・・・またやっちまったなぁ・・。仕事先で言いたい事を言うってのは難しいな。
それが正論であっても。色んな柵がある会社という組織の枠は、とことん俺には合わないらしい。

次の日、出勤すると隊長が「F、しばらく休みたいそうだ。」え~っ!そんな事、認めちゃう会社も会社だろ。
そこまで有益な人物なのかね~。全員の目が俺に突き刺さる。コイツら何なんだ?

「何か俺が悪者っすね。何だか訳が分からないですけど。俺がやめればFさん、来るんじゃないっすか?じゃ!」そう言ってロッカー室へ行こうとする。「おい!待て!」隊長が一応呼び止める。

「もう良いよ。やってられねぇ!何であんなハッタリ野郎の機嫌を全員でとらなきゃいけね~んだよ!くだらねぇ!」振り返りもせずにロッカー室へ消える。そのまま荷物を持って車に歩いて行く。

後ろからは誰も追ってこない・・ケッ!最後の最後までくだらねぇとこだ・・。

でも・・ただひとつ良い事もあった。ゲートの警備の際、元カノのM樹に再会出来た事だ。
「いつも1人で事務してるから、今度会社に来て・・」何て言っちゃってさ。まだ脈ありかな?
でも結婚するって言ってたし、指輪もしてたっけ。女心は分からんなぁ。

元々ハーフみたいな顔立ちで可愛かったけど、良い女になってたなぁ・・。
酒を飲んでSEXするのが好きだったM樹。飲むとやけに激しかったのを思い出す。

そういえばアイツ、変な性癖あったよな・・精液を飲むのが大好きだったんだよなぁ、M樹は。
「飲ませて!口に出して!」そう言いながらうねる色白のM樹の体が脳裏に浮かび、股間は固くなっていた。

そうだ!この足でM樹のとこに行っちまおう!くだらねぇ会社なんぞクソ食らえだ!
もう用済みの制服を乱暴に後部座席に投げつけ、昔の女に会いたい一心でアクセルを踏み込んだ。

風を切る車の窓から、夏の匂いとセミの鳴く声がした。
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