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「骨折です。見れば分かりますよね?」レントゲンに写る俺の右拳の小指はポッキリと折れていた。
「しばらくは安静にして下さい。」「はい・・。」病院を出て重い足取りで車に向かう。

包帯で言う事を聞かない右手で社用車の軽を走らせる。
昨夜の代償は大きかった。

朝、拳を見て焦った。
拳頭も何も分からぬ程、尖った物で刺せばパンと弾けてしまいそうな水風船の様だった。

そのまま会社に行き、バイクも無いのに「バイクで転んだ」と嘘をつき、病院へ向かった。
幸い何も予定がない日だった為、イヤミな所長F山も渋々許可してくれた。
事務員のH田さんが「気をつけてね。」声をかけてくれた。N村さんの姿は見当たらない。

病院は年寄りでごった返していて、診察が終わり薬をもらう頃には10時を少し回っていた。
「またあのクソ所長、ブツブツ言うんだろうな・・。」ある程度の覚悟はしていたのだが・・。

月極駐車場から歩いて2分、勤務する営業所はしょぼい雑居ビルの2階にあった。
重い気分でドアを開け、怪我の具合を所長に報告する。

暫く黙って聞いていたF山が不機嫌そうに口を開く。
「で?どうすんの?」椅子にふんぞり返り、俺を見ないで乱暴に言い放つ。
「今日は回る予定は無いので、電話で方々あたってみます。」「ふ~ん。」
キイキイと椅子にふんぞり返る度に出る音が、沈黙の中、鳴り響く。

「オマエさぁ、社会人として自己管理が出来てないぞ。」「はい、すいません。」
チンピラに絡まれたのは自己管理が足りないのかよ・・・いや、ここではバイクで転んだ事になってるんだ、仕方あるまい。

「毎日、仕事が出来る状態で会社に来る!当たり前の事だろ?」「はい。」
まぁ、その通りだけど・・不慮の怪我や病気はどうすんだよ。テメーだって熱で休んだ事あるじゃんか。

「そういうとこが甘いんだよ!」徐々にエスカレートするF山。
彼は誰からも嫌われていた。自分の事は棚に上げ、チビチビとイヤミを言うのは今に始まった事じゃない。
昔は結構ヤンチャしていた、と事あるごとに得意げに話し、いい歳こいてポマードテカテカでリーゼントにしてる様な男だ。

ネチネチと何か言い続けるF山に「ちょっといいですか?」かなり頭に来ていたが、何とか敬語で言ってみた。
「何だよ?」「あの~自分の不注意は認めますけど、バイクや車の事故は誰にでも起こり得るんじゃないでしょうか?」不機嫌な顔をしていたF山の顔が更に曇る。

「どんな理由にせよ!会社来て仕事出来ませんじゃ~どうしようもないって言ってんだよ!」
「それじゃ歩いてて車にはねられようが、犬に噛まれようが、それは不注意、自己管理が足りないって事ですか?」

「屁理屈言ってんじゃね~よ!」「本当はコンビニの駐車場でチンピラに絡まれたんですよ!それも自己管理が出来てないんですか?」「そうだよ!」

もうコイツは上司でも何でもない。ただのいじめっ子じゃないか・・。
俺は黙って机の上の物をザ~ッと床に落とした。

「何やってんだ!」「やってられないんで帰ります。」「はあ?!」
「アンタは隕石が落ちて来て怪我しても会社来るのか?ヤクザに絡まれてボコられても、それは自己管理の問題だな?」「・・・。」

「それで怪我しても会社に来て普通に仕事しなきゃいけね~って事だな!?違うか?」「・・・。」
「そいつをぶん殴ったら折れちまったんだよ!正当防衛だろ?仕方ね~だろ!」

小学生の頃に封印した暴力的な自分が、ここ数年の数度の闘いの中で目を覚ましてしまったらしい。
もう歯止めが効かなかった。

「こんな滅茶苦茶言われる会社、やめてやらあ!」
そう言った瞬間、F山がガタッと椅子から立ち上がり、メンチをきりながら歩いて来る。
そして俺が椅子から立ち上がろうとした瞬間、「おい!ちょっと待て!」F山が両手で俺の両肩を勢いよくドーンと突いた。

ガターン!右手が上手く動かせないのもあって、派手に椅子ごと床に転がった。
そのまま見下ろすF山に激しい憎悪が芽生えた。滅茶苦茶ばっか言いやがって・・・!
興奮を抑えられない自分に驚いた。ダメだ・・何かが爆発する!

しゃがんだ体勢からバネの様にジャンプし、下からF山のアゴに向かって頭突きをかました!
ゴッ!衝撃が頭に響く。「ぐぇっ・・・・!」F山は変な声を上げて崩れ、辛うじてホワイトボードにつかまった。

「らあああっ!」右拳が折れている事も忘れて殴りかかる。
しかし包帯で握りこめないので掌底の様になった。

ビチッ!力いっぱい振り切った右手がF山の口の辺りに突き刺さる。返しの左拳はブンと空を切った。

F山は床に倒れ、その口からはドクドクと赤い物が流れ、絨毯にシミを作っている。
まだ興奮が納まらず、ホワイトボードや自分の机をひっくり返し、ロッカーを蹴っ飛ばす。

ふと見ると事務員のH田さんが泣きながら震えている。「ゴメン、H田さん・・。」
女の涙でやっと我に返り、荷物を持って営業所のドアへ向かう。

するとF山が「H田く~ん・・・救急車呼んでくれ~・・」何だコイツ。日頃ヤンチャだったとかぬかしといて。
再び腹が立ち、「救急車でも霊柩車でも呼べ!クソジジイ!」体を丸めるF山を見下ろして咆哮する。

丁度F山の体がつっかえてドアが開かないので、ガンガンとドアをぶつけて体をずらす。
俺は怒りに酔い、完全に正気を失っていた。

カンカン・・雑居ビルの階段を下る。
あれだけ大変な事をしておいて、ハッと弁当箱を忘れたのを思い出す。
再びカンカン・・階段を上り、ドアをガチャッ!モソッと何かが引っ掛かる。
思い切りこじ開けると、F山がまだ倒れていた。絨毯のシミはさっきより大きくなっている。

ガタンと部屋に入ると「ヒッ!」H田さんが声を上げた。
「弁当箱、忘れちゃって・・」そう言いながらバッグに弁当箱を詰め込んで部屋を後にした。
F山はまだう~う~と情けない声で呻いていた。

自分の車に乗り、どうしようか考える。
ほとぼりが冷めるまで身を隠そう・・。そう思い、友人宅に向かう。

包帯で運転しにくいな・・そう思い右手を見ると、F山の唇の一部らしき1cm程の肉片が付いていた。
「キタネエ・・・」ビッと手を振り、払い落とす。ズキッ!振っただけで小指に激痛が走る。

ほぼ左手1本で運転する友人宅までの道程、頭に浮かんでくるのはT子と親の事ばかりだ。
途中、人気の無い山道に車を停めて水筒のお茶をグッと飲み干す。

あ~ぁ、これでT子にふられちまうなぁ・・。
シートをガタンと倒すとやけに太陽が眩しかった。


エピローグ

先日の大騒動の後始末はかなり大変だった。
会社は当然クビ、反省分を百枚(くだらねぇ)だか書いて何とか裁判にはならなかった。
H田さんが「先に手を出したのは所長だ」「そこまで至るのに私が聞いていても所長の話はおかしかった。」
そう気丈に証言してくれたからだった。H田さんには感謝の言葉も無い。本当に助けてもらった。

当初「テメ~!傷害罪で訴えてやる!」そう脅していた社長もH田さんの話で丸く収める事にしたらしい。
とにかく何とか収拾がついてホッとした。

T子にも当然、当日に知られてしまった。同じ会社なので当たり前だが。
自分からは次の日に電話をした。「とにかく会って話そうよ。」そうT子は言った。
目の前で別れを告げられるのが嫌だったがT子の家に向かう。

「ゴメン・・やっちゃった・・。」
「アンタさぁ・・凄い騒ぎだったんだからね!アイツの事、何か知ってるか?!とか言われちゃってさぁ。」

「うん、ホント、ゴメン・・・。」笑いながら話すT子の優しい態度に何だか涙が溢れてきてしまった。
「全くさぁ・・次はちゃんとしてよね・・馬鹿・・」「うん・・・」もう母と子供だ。涙が止まらなかった・・。

「アンタにそんなとこがあるとはねぇ~。フフフ・・・」
T子は嬉しそうにクスッと笑った後、俺を抱きしめてキスをした。
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